キウイな生活 ☆ニュージーランド通信☆

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令和 私の人生の宝物 天皇陛下との思い出


~ただ今のニュージーランド時間~
令和元年 2019年5月1日

1ヶ月前に令和という元号が発表され、新しい時代が始まりましたね。

特に何も思わなかった方、厳かな気持ちになった方、カウントダウンの催し等で過ごした方・・・等々、人それぞれだと思います。

私にとっては2度目の御代替わり。今回はワクワクした気分でこの日を迎えました。

上皇陛下の譲位が決まってから、実はその「時」に日本にいられないのは残念だなと思っていたんです。

でも、3月初旬に急遽単身日本に来ることになり、この日を日本で迎えています。

この日に日本にいたからどうなんだ?日本にいなかったらどうなんだ?・・・なんですが、私の気持ち的にはうれしいことで、昨日、そして今日日本にいられたことはとても幸運だったと思っています。

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海外、ニュージーランドに住むようになって、より一層日本や日本人を意識するようになりました。そういう日本人は少なくないと思います。

実は私は20代の時、東京に今もあるホテルに勤めていました。VIP待遇の方がいらっしゃると、エレベーターを通常の自動運転ではなく手動運転に切り替える時があるのですが、その場合は私が当時配属されていた部署の女性がそのエレベーターの操作をすることになります。

幸運にもその任務に任命されることが多くあったのですが、当時皇太子殿下であった上皇陛下と美智子様、そして別の機会に当時皇太子になる前の今上陛下がいらっしゃった時に担当したことがあります。

もちろん何を話したということではありませんが、狭い空間の中往復ご一緒でき、二言三言ですが言葉を交わしたことがあります。

若かった当時はすごい方を案内できたと思った程度だったのですが、海外で暮らし、また年を重ねてきたこともあり、その時のことは私の人生の誇りであり、宝物となっています。

また、私は昔東京の原宿に住んでいたのですが、原宿駅には皇室専用のホームがあるのをご存知でしょうか。

今はご公務等の際には東京駅を利用される映像をよく目にしますが、昔は原宿駅にある宮廷ホームからお召し列車に乗っていました。

なので、私が通っていた中学校の前の道路を皇室の車が通る時は道路側の窓を全て閉めるように校内放送が流れていましたし、沿道で手を振ったこともあります。

なんだか令和とは関係のない話にずれていってしまいましたが、そういうことも思い出す時、皇室というものがある、天皇陛下のいる日本に生まれてよかった思います。

日本では戦争のなかった平成。

令和はどんな時代になるのでしょうか?

日本人でもある私の2人の子供たち。現在の日本の法律では、いずれ日本人を選ぶかニュージーランド人を選ぶかを決めなければなりません。

どちらの国籍を選んだとしても、2人は日本語も話せますし日本も日本の文化も大好きなので、一生日本とは関わりを持って行ってくれると思います。

いい時代になってくれることを切に祈っています。
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